マゼコゼ紹介企画

マゼコゼ紹介企画

エンタメや商品、サービスなど様々なものを紹介するブログです。

ノートルダム大聖堂で火災。尖塔と屋根が崩落か。

パリの中心部に位置する世界遺産「ノートルダム大聖堂」が4月15日、大規模な火災が発生しました。

火は数時間にわたり燃え続け尖塔が消失、屋根が崩落するなどの被害がでました。

夕方(現地時間で7時頃)に主化した火は同日深夜に鎮静化した模様です。

出火原因は不明だが、現在行われている改修工事から出火の可能性があるとして調査しています。

内務省によると、現場には約400人の消防士が出動した。消防車は午後のラッシュに阻まれ、大聖堂までたどり着くのに時間がかかったという。消防当局の発表によると、消防士1人が重傷を負った。

住民からは「パリのシンボルなのに」「ノートルダムのないパリはもはやパリではない」と嘆く声が上がった。(引用サイトページ)

世界遺産の火災は多くの人に衝撃を与えました。

知っている方もいるかもしれませんがここで

『ノートルダム大聖堂』について書いていきます。

パリのシンボルである『ノートルダム大聖堂』について

パリのノートルダム大聖堂(Cathédrale Notre-Dame de Paris、ノートルダム寺院とも) はゴシック建築を代表する建物であり、フランスパリシテ島にあるローマ・カトリック教会大聖堂[1]。「パリのセーヌ河岸」という名称で、周辺の文化遺産とともに1991年にユネスコ世界遺産に登録された。現在もノートルダム大聖堂は、パリ大司教座聖堂として使用されている。ノートルダムとはフランス語で「我らが貴婦人」すなわち聖母マリアを指す。

パリのノートル・ダム大聖堂の正面に向かって左側のポルタイユ(正面)には、聖母マリアの聖母被昇天の主題が取り上げられている。中段では聖母マリアが地上における生を終える場面が描かれ、上段でキリストから祝福を授けられている聖母マリアが鎮座している。 キリストを中心にして天使や聖人たちが描かれており、過去、未来、未来という崩れた構成となっている。(引用サイトページ)

このゴシック様式の大聖堂は"聖母マリア"に捧げられたもので建造から850年経っています。

あわせてゴシック様式についても掲載しておきます。

ゴシック様式とは

ゴシック様式(ゴシックようしき Gothic Style)とは美術史や美術評論において、西ヨーロッパ12世紀後半から15世紀にかけての建築や美術一般を示す用語。最初は建築のみに使用された用語だが、次第にゴシック建築が建造された時代の装飾、彫刻、絵画などへとその適応範囲が広がった。この時代の様式(厳密にいえば、建築様式)を初めに「ゴシック」と呼んだのは、15世紀~16世紀ルネサンス期イタリア人文主義者たちである。彼らはこの様式を、混乱や無秩序が支配する野蛮な様式だとして侮蔑の意味を込めて、「ドイツ様式(la maniera tedescha)」または「ゴート族の様式」つまり「ゴシック様式(la maniera gotico)」だと言い表した。当時は既にゴート族と称される集団は存在しなかったが、「ゴート族」という言葉はしばしばゲルマン人全体を指して用いられ、アルプス以北のドイツ語を話す人々(Tedeschi)のことを指し示して使われたからである。そして「ゴート族」と言った場合には、ローマ帝国と古典芸術を破壊した蛮族という批判的な見方が含まれていた。

しかしこの様式に対する認識は間違いである。ゴシック様式はフランスイル・ド・フランス地方から始まって各地へ広まった様式であり、ゴート族またはドイツ語を話す人々が創始した様式ではない。また、この様式が創始された時代の者たちは「現代様式」や「フランス様式」と言い表している。

ルネサンス期以後ゴシック様式は蔑まれ、一部その使用され続けたところもあるにせよ(ゴシック・サバイバル)、ほとんど採用されなくなった。しかし、18世紀後半から19世紀前半にかけてイギリスにおいてゴシック・リヴァイヴァルと呼ばれるゴシック様式再興運動が活発化する。以後ゴシック様式が再考されて再び脚光を浴びるようになり、名前が由来するところの侮蔑的な意味合いはなくなった。(引用サイトページ)

ゴシック様式という呼称にこういった背景があるとは知りませんでした。

特徴としては

建築物では大聖堂の尖頭アーチステンドグラスなど、家具では垂直を強調した対称形や豪華な彫刻装飾が特徴。(引用サイトページ)

今回の火災で有名なステンドグラスも壊れてしまったようです。

大変残念です。


パリ市民は火災を見守りながら聖歌の「アヴェ・マリア」を歌って祈りを捧げました。

https://twitter.com/Inaki_Gil/status/1117868382785802242

焼けたシンボルの姿はパリ市民の胸を強く締め付けることでしょう。

私にできることは無いかもしれませんが、元の美しい姿を一日でも早く取り戻せるように祈っています。